最近の「ライブドアショック」関連ニュースで、初めて聞く証券用語がたくさん出て来ました。昨日カーラジオで聞いたのは「オイショウ」という言葉、これは漢字では「追証」らしい。例によって、広辞苑を見ると、【おいしょうこきん】「追証拠金」追敷(おいしき)におなじ。「建株」「代用有価証券」などの言葉もよく分からないが、追証とは要するにアパートを借りたりするときの敷金の様なものらしい。但し、アパートの敷金の場合は追加する必要などはないが、株の売買の場合は、その株価が急激に低下した場合に、この追証(追加証拠金)が求められる・という。ウーン
2009年1月19日月曜日
オイショウ
最近の「ライブドアショック」関連ニュースで、初めて聞く証券用語がたくさん出て来ました。昨日カーラジオで聞いたのは「オイショウ」という言葉、これは漢字では「追証」らしい。例によって、広辞苑を見ると、【おいしょうこきん】「追証拠金」追敷(おいしき)におなじ。「建株」「代用有価証券」などの言葉もよく分からないが、追証とは要するにアパートを借りたりするときの敷金の様なものらしい。但し、アパートの敷金の場合は追加する必要などはないが、株の売買の場合は、その株価が急激に低下した場合に、この追証(追加証拠金)が求められる・という。ウーン
ケーココケーケー
親
今日の「東海道53次ウォーク」に、MKさんが興味深い諺を書き込んでおられた。それは「先人曰く 親は子供のことを道の長さほど思うが子は親のことを道の巾しか思はないと・・」というもの。丁度、今日、クルマで移動中、ラジオを聴いていたら(たまたま高校講座 現代文)「木ヲ植エル」という話だった。その話はなかなかよい話しで、目的地に着いてしまってもクルマのなかでしばらく聴いていたのだが、そのなかで親に関する興味深い話があった。それは、中国の諺で「前人が植えて後人涼し」というもので、意味は先の世の人が木を植えておくと次の世代の人が涼しい(これは木陰で涼しい、というだけでなく、その木から様々な恩恵を受けることが出来る・・というもの。)そこから、文字の話になり、「親」という漢字は「立ち木を見る」と書く。つまり親は子供のために木を植えてその世話をする・・ということ。子供は親が植えておいた木によって様々な恩恵を受けることが出来る・・・だいたいこういう話だった。いままで私は「親」という字を、子供がだんだん大きくなって外で遊びだしても、そばにくっついているのでなく、少し離れた立ち木の陰で子供を見守る・・・というところからこの字が成り立って(立つ、木、見る)いるのだとばかり自分勝手に解釈していた。しかし、本当の字の意味はもっと奥深いものだったのである! MKさんのおかげでいい事を知ることが出来ました。感謝です。
雪・こんこん
今年は寒いので灯油の売れ行きがいいようだ。(わが家は主に石油ストーブ暖房)。売りに来るトラックが流す音楽の「雪やこんこ♪」。この「こんこ(こんこん、は間違いだそうだ。)」というのは、一体なんだろう?を探検する。雪の降る擬音としては「しんしん」というのがあるのだが・・・。先ず、例によって広辞苑から調べたが、【こんこ】は無かった。【こんこん】はあり、それを見ると、こんこん ①咳をする声。②堅い物を打つ音。③キツネの鳴き声。またキツネ(幼児語)。④雪または雨の降るさま。また【昏昏】①道理にくらいさま。②心がはっきりしないさま。うつらうつら。③深く眠っているさま。意識のないさま。「ーと眠り続ける」【渾渾・混混】①水の盛んに流れて尽きないさま。②水の濁るさま。③入りまじるさま。④物の尽きないさま。【献献】酒を酌み交わすこと。【滾滾】水の盛んに流れるさま。水がわき出て尽きないさま。・・・などがある。
ネット検索では・・・漢字にすると分かりやすいが、これは「来む来む」の転化したものだという説が大半だった。つまり「雪よもっと降れ降れ・・」という意味なのだと言う。また「雪や来う来う」というのもあった。これも雪よもっと降れ降れの意味である。
2009年1月18日日曜日
嶺北・嶺南
天気予報で、滋賀県など南北に分けて言う場合、滋賀北部と滋賀南部と言う。ところが隣りの福井県ではなぜか福井北部、福井南部と言わず、「福井嶺北、嶺南」と画面に表示される。嶺北、嶺南という言い方を考えると高い山を境にしてその北を嶺北、その南を嶺南というのだろう・・と漠然と思っていた。しかしそれがなんと言う山を境にしているのかは知らない。今日はこの疑問を探検。
※南条郡から北を嶺北地方、敦賀市から西を嶺南地方と呼ぶということがわかった。この境界はどこにあるかというと、山中峠~木の芽峠~栃の木峠を結ぶ稜線である。
私の知っている福井(武生)の人の言葉の特徴は、「あのおー、ほいでえー、ほいでのおー」と、この「ー」の部分のイントネーションが上がる。全体としてはのんびりと心が安らぐような印象だ。」
エルダー
この頃よく聞く言葉に「エルダー」というのがある。デパートの販売戦略などで「エルダー世代に的を絞って・・」とか、「エルダー世代をどう取り込めるかに掛かっている・・」などと使われている。私は「エルダー」と聞くとぱっと頭に浮かぶのは、昔見たジョン・ウェイン、ディーン・マーティン共演の西部劇映画「エルダー兄弟」なのだが・・
辞書には「先輩」としか載っていない。ネット検索してみるといろいろなことが分かった。
・・・「枯れて行く」という老後観とは違った感覚の持ち主達・・・とある。ということは、50代~70代でパソコンを活用して活発にコミュニケーションをしている私たちは「ニューエルダー」なのだろうか?そして、あの映画「エルダー兄弟」の「エルダー」もこういう意味だったのだろうか?それとも固有名詞だったのだろうか?謎は残る・・・
辞書には「先輩」としか載っていない。ネット検索してみるといろいろなことが分かった。
・・・「枯れて行く」という老後観とは違った感覚の持ち主達・・・とある。ということは、50代~70代でパソコンを活用して活発にコミュニケーションをしている私たちは「ニューエルダー」なのだろうか?そして、あの映画「エルダー兄弟」の「エルダー」もこういう意味だったのだろうか?それとも固有名詞だったのだろうか?謎は残る・・・
恋はしむ
昨日の支社の歌会でこの「恋はしむ」を使った作品があった。「恋ほしむ」の誤用ではないか・・などと、いろいろ議論があったが、私は「恋ほしむ」は自分が誰かを、または何かを恋しく思っているとき(自力的に)。「恋はしむ」は何かが、または何かの事象が自分の心をそのように(或るものを恋しく)思わせる(他動的に)・・。と解釈し発言したが少し心許なく思っていた。で、帰宅してからいろいろ調べてみた。広辞苑では「恋ほしむ」しか載っていない。愛用の旺文社の古語辞典にもこの「恋はしむ」はない。 動詞活用表を見てもどう活用するのか、どうもよく分からない。そこでネット検索してみると、短歌作品にはその用例が多く載っている。勝手ながらその短歌作品のみ、ここにコピーさせていただくことにする。
◎「逢ふ期(ご)なき妻にしあるをそのかみの処女(をとめ)となりてわれを恋はしむ」窪田空穂
◎「柿赤き硝子戸ごしの暖き秋の日ざしは人を恋はしむ」長澤英輔
◎「紫陽花の散り得ぬ花の咲きつぎてすでに散りたる人を恋はしむ」井谷まさみち
この他にもまだまだあるが、概ね私の解釈した意味、用法でまちがいなさそうであった。しかし文法的に斯く斯く然々であると、理路整然とその場で述べることが出来ないのはなんとも非力なことで恥ずかしいことである。
◎「逢ふ期(ご)なき妻にしあるをそのかみの処女(をとめ)となりてわれを恋はしむ」窪田空穂
◎「柿赤き硝子戸ごしの暖き秋の日ざしは人を恋はしむ」長澤英輔
◎「紫陽花の散り得ぬ花の咲きつぎてすでに散りたる人を恋はしむ」井谷まさみち
この他にもまだまだあるが、概ね私の解釈した意味、用法でまちがいなさそうであった。しかし文法的に斯く斯く然々であると、理路整然とその場で述べることが出来ないのはなんとも非力なことで恥ずかしいことである。
背広
パッチ----ステテコ----ズボンと来て、思い浮かぶのが背広。背広は日本語で背中が広いというような意味かと思っていた。カーラジオを聞きながら走っていたらNHKのアナウンサーがこの背広の語源を言っていた。それによると日本に洋装が入って来た明治時代、洋服は英国で仕立てるものと決まっていて、英国には服の仕立て屋が並んでいる通りがあり、その通りの名前が「セビルロー通り」で、ここで仕立てたのでその名が付いたのだという。この「セビルロー」を詳しく調べたら、ロンドンの中心地ウエストエンドにセビルロー(Savile Row)という小さな通りがあり、高級洋服店が多く並んでいる。一流の洋服はみなここで仕立てたので、セビルロー仕立ての洋服・・セビルローの服・・セビルロー服・・背広、となったという。
ステテコ
パッチが出たら連想ゲーム的に思い浮かぶのがステテコ。私はてっきり「カステラ」や「ズボン」と同じようにこれは江戸幕末にオランダやスペインの商人が持ち込んだオランダ語かラテン語だと思っていた。ところがステテコは日本生まれの言葉らしい。明治時代初期に落語家が丈の短いズボン下(股引)姿で舞台で、「ステテコドッコイ♪ステテコドッコイ♪」と踊ったことからこの踊りが「ステテコ踊り」と呼ばれ、そのとき履いていた短いズボン下をステテコと呼ぶようになったのだという。
ちなみに「ズボン」は仏語jupon(ペチコート)に由来する説が有力。
ちなみに「ズボン」は仏語jupon(ペチコート)に由来する説が有力。
2009年1月16日金曜日
パッチ
私は10月の中ごろからパッチを履いている。パッチは寒い時に男がズボンの下に履くものだが、この頃の若い男性は履かない。私の息子もいくら進めても履かない。この「パッチ」の語源は韓国語だとか、韓国ではズボンのことを「バジ」と言い、それが訛って日本でズボンの下に履く股引のことを「パッチ」と言っているのだそうだ。映画「パッチギ」のパッチギも韓国語で、意味は突き抜ける、乗り越える、頭突き・・だという。
また、この頃、パッチと言うとパソコンの世界では違うものを指すようだ。「検索」で意味を見ると「コンピュータのソフトウエアなどの障害修正や機能追加ファイルの事。」などとある。
また、この頃、パッチと言うとパソコンの世界では違うものを指すようだ。「検索」で意味を見ると「コンピュータのソフトウエアなどの障害修正や機能追加ファイルの事。」などとある。
2009年1月14日水曜日
登録:
投稿 (Atom)
